気まぐれ日記 04年9月

04年8月はここ

9月1日(水)「中国語にもうるさい風さんの巻」
 どうやら本当に「LOVERS」のチャン・ツィイーにはまってしまったらしい。忘れられない。
 それでインターネットで少し調べてみた。名前は章子怡(Zhang Ziyi)と書き、芸名と同じ本名である。1979年2月9日生まれなので、いま25歳ということになる。北京生まれで北京在住とのこと・・・ということは、6年前に北京へ行ったとき、そこにいたのではないか! 身長が164cmらしく、比較的背の高い女性が好きな風さんの趣味にピッタリ! しかも相性の良いO型! もうほとんどこじつけに近いか・・・(^_^;)。
 ところで、名前の発音についてひと言いいたい。風さんは、大学時代に第2外国語として中国語を選択している。言葉は北京中心で使われている普通話(標準語ですね)を学んだので、章子怡を解説したい。中国語には4つの声調があり、これを四声という。古くは一つの平声(ひょうしょう)と三つの仄声(そくせい)から成っていた。余談だが、「平仄(ひょうそく)が合う」という言葉があり、ここから来ている。さて、北京語では、これら四声は第一声、第二声、第三声、第四声の4種である。同じ発音でも音楽のようなイントネーションで4つに分けられているのだ。
 章子怡は英語表記はZhang Ziyiで、これは音表記とほぼ同じで、章子怡の音をひとつひとつ分解すると、章が Zhang で、これは第一声、子は Zi で、これは第三声、怡は Yi で、これは第二声である。次に、発音であるが、 Zhang は巻き舌にして「ぢゃん」と高音で平たく発音する。音だけなら「ちゃん」と聞こえるかもしれない。これが姓だ。次に、 Zi は難しい。ひらがなで書くなら「つぅう」と低く唸る感じ。アルファベットのZに惑わされてはいけない。中国語の音は清音が多く、濁音は少ないのだ。それと、口の開き方。ひらがなで「つぅう」と書いたが、口は歯を食いしばりながら左右に開いて「ちー」と発音する形にして、実際は「つぅう」と発音するのだ。口をすぼめてはいけない。最後に、怡は「いー」だが、尻上がりに発音する。怡の漢字の意味は「よろこぶ、たのしむ、やわらぐ」といったもので、とても好感の持てる字だ(さすがファン)。子怡が名なので続けると「つぅいー」か「つぃいー」となるのだ。以上から、章子怡(Zhang Ziyi)は「チャン・ツィイー」と書かれることが多い。しかし、私はちゃんと「Zhang・Zi・Yi」と呼びたい。
 ・・・と、Zhang Ziyiにはまってしまったバチが当たったのか、今朝目覚めたら、また「めまい」に襲われた。

9月2日(木)「昨日も今日もZhang Ziyi・・・の風さん」
 京都大学附属図書館の館報である「静脩(せいしゅう)」が届いた。昨年9月の講演内容の原稿が掲載されているのだ。執筆不調でも過去の財産が世に出て行くところが作家の得なところだな。
 今年講演を予定している東北大学附属図書館の企画展の内容がアップされた。興味のある方は、http://www.library.tohoku.ac.jp/main/exhibit/sp/2004/kikakuten_2004.html
をご覧ください。
 昨夜もZhang Ziyiの写真をネット上からたくさんゲットしたので、今朝もちょっと「めまい」が残った(笑)。しかし、それらの中から、「LOVERS」のスナップを選んで、執筆マシン、ワイフのパソコンそしてASHLEYのデスクトップの背景ならびにエリクソン(ケータイ)の待ち受け画面をすべてZhang Ziyiに変更した。がはは・・・。これで、明日も「めまい」の天罰と共に起床することになるであろう。

9月5日(日)「Zhang Ziyiは週末でおしまい・・・にはしないの巻」
 金曜日はリフレッシュ出張ということで、名古屋まで講演を聴講に出かけた・・・が、前夜、本社でトップへ報告することが生じたので、午前中だけで引き上げてきた。それでも、トップ報告だけでさっさと帰れたら、それはそれでリフレッシュになるのだが、そうは問屋が卸さない。結局、あれこれと用事を済ませ、最後に、会社の仕事で市立図書館まで行って、ようやく帰宅となった。
 そして、昨日。無理さえしなければ、執筆復活と期待しながら、いちおう8時間睡眠で目覚めたのだが、どうも体が重い。不快感が内部に充満している感じだった。・・・で、昼食後、仮眠することにして、ベッドへ直行。2時間ほど寝た。目覚めてから、すぐにベッドを離れるのは危険だったので、読みかけの本を読んでしまった。芦辺拓さんの『殺しはエレキテル』である。軽〜い時代ミステリかな、と思ったが、どうしてどうして、かなりの年数をかけて準備してきた力作である。
 起きてからは徐々にエンジンをかけようと、階下へ降りると、次女が「AsienceのCMに出ているの、Zhang Ziyiだよ」と教えてくれた。「にゃにぃ〜?」と驚いた私は、早速インターネットで調べてみると、確かにそうだった。しかも音楽は坂本龍一。一流の組み合わせである。道理で、画面に釘付けになるわけだ(笑)。それで、気分がスッキリして、久々に書斎で執筆に着手できたなあ〜と思ったときには、もう夕食の時間が迫っていた。
 夜は、町内会の打ち合わせがだった。結局、打ち合わせは3時間も続き、例によって2次会には不参加で帰宅し、書斎へ入ったら、足元をチビゴキが走り去った。ひえ〜〜〜〜。頭にきて、すぐに水煙式のゴキブリ駆除薬をセットした。むろん執筆マシンやアシュレイは持ち出して、書斎は締め切った。
 それから、サンルームでアシュレイに、プレゼンテーション・ソフトであるパワーポイント2002をインストールした。この秋は、鳴海風として2回講演をしなければならない。アシュレイは秘書のようなパソコンで、講演時の必需品なのである。しかし、このパワーポイント2002のソフト、けっこう高かったなあ。
 今朝は、9時間の睡眠で起床した。たっぷり寝ているはずだが、最近は自分の体に自信がない。書斎をチェックしてみると、ゴキブリの死骸とかは全く見られなかったが、駆除薬の匂いがぷんぷん残っている。きっと駆除できたのだろう。窓を思いっきり開けて、換気することにした。
 しっかり休んだおかげか、執筆のペースが戻ってきそうである。執筆のペースというのは、やはり緻密に調べながら書き進むことで、時間がかかるのである、私の場合。とは言え、それができるということは、まずはめでたい。しかし、多分こんなことができるのは長時間睡眠のたまもので、明日からのウィークデーが始まると、あっという間に元通りという恐れもある。うーん。仕事のことなんか考えないで、頭の中をZhang Ziyiのことで一杯にするのがいいかも・・・。

9月6日(月)「地震・カミナリ・家事・ワイフの巻」
 ひ日は改めたが、実際は昨日の続きである。
 昨日の午後7時頃、震度4弱くらいの地震があった。けっこう長い時間の横揺れで、私はサイドボードや食器戸棚が倒れないように心配で支えたりした。揺れがおさまってホッとして気付いたのは、こういうとき、一番にしなければいけないのは、火の始末のことだった。テーブルの下に避難していたワイフは、落ち着いて出てきて、「ちゃんとガスの火は消したわよ」と涼しい顔をしていた。私は、負け惜しみで、「きっと余震があるから、気をつけよう」などとワケの分からないことを口走った。
 その後、余震らしい余震はなく、午前零時近くなって、そろそろ寝ようとしていたとき、2度目の地震が発生した。今度も1分くらい続いた揺れで、震度は確実に4はあったろう。ワイフはさっさとテーブルの下にもぐりこんでいたが、私は、今度こそ、と火元をチェックしてから、またサイドボードや食器戸棚を押さえていた。
 この2度目の揺れは本格的で、私が押さえなかったところで、物が倒れたり落ちたりした。陶器と木の置物が3つ壊れた。これは余震などではなく、最初のが前触れで、今回のが本震だったのだ。これは初めての経験だった。7時のに続いて、津波警報も広範囲に出た。
 もっと大きいのが来るかもしれない、と判断した私は、ワイフと協力して、サイドボードや食器戸棚、上の方にある置物などを(書斎の本も)どんどん床やテーブルの下へ置いたり、段ボール箱の中へ詰めたりした。最初の地震の後、非常持ち出し袋を用意したワイフに、さらにローソクと懐中電灯を用意させた。
 こうして準備万端整ったと安心して、ようやくベッドにもぐり込んだのは午前2時過ぎであった。
 最初にベッドに倒れ込んだ私の横で、ワイフがまだ何かゴソゴソしていた。
 なんと地震保険の証書を貴重品入れにしまい、ベッドサイドにスリッパを並べていた(スリッパはガラスなどの破片で怪我をしないため)!
 やられた、と思った私は、また負け惜しみで、「7時の次が5時間後の午前零時だったから、次は午前5時ごろが危ない。それまで寝ておこう」などとうそぶいた。
 そして、今朝の5時半頃、やや弱かったが、3度目の地震が襲ってきた。
 ワイフは機敏に緊急出動したが、私は寝惚けたまま、「今朝もめまいだ〜」とうめいていただけだった。
 ああ、女は強い。

9月8日(水)「気に入らぬ風もあろうに・・・の風さん」
 まだ余震が続いているため、退避させた食器類を未だに元の場所へ戻せないでいる。
 そういった今朝も3時過ぎに余震があり、震度3なので余震以上の規模だが、ついでに、「めまい」と共に目が覚めた。まだまだ精神的なストレスは根強く残っているようだ。精神的な余震が続いているわけだ。
 そのようなとき、東善寺の村上住職から、暖かなメールが届いた。
 これは、昨年9月の講演内容が載った、京都大学附属図書館報「静脩」をお送りしたことに対する返信である。私が最近精神的ストレスによる「めまい」で悩んでいることを付け加えたため、禅宗の僧侶としての立場から、いわば法話を頂戴したようなものである。
 村上師は、東善寺の開山堂の天井にある、師のご尊父が描かれた墨絵とそこに書かれた発句を紹介くださった。絵は風になびく大木になった柳の枝であり、発句は、「気に入らぬ風もあろうに柳かな」だった。
 大風を受けてもさらりと受け流しているから、柳は大木になったのかもしれない、と師は説明してくださるのである。
 ストレスに対して、真っ向から立ち向かおうとすることは、強風に逆らおうとする枝のようなもので、ヘタをするとポキリと折れてしまうかもしれない。
 師は、私の体を心配して、リラックスするようにと諭されたのである。
 胸の奥がじーんと暖かくなるような心地がした。

9月10日(金)徹底すれば突破口は見える?・・・の風さん」
 1週間に1度はリフレッシュの意味も含めて社外へ出ることにした。今日も、滋賀県の某製造会社の見学会に参加した。社会人になってからずっとモノ作りに関係してきたので、こういった見学は楽しい。
 今日見学させてもらった会社は凄かった。OA機器を製造しているのだが、輸出が90%だという。しかも、最近は増産対応のために、どんどん人を入れているそうだ。聞けば、いったん中国へ出た製造が、日本に戻ってくものもあるという。いくら中国の労務費が安いとは言っても、日本から支援するコストも含めると、決して安いとは言えないことに気付いたというのもあるらしい。とは言え、最大のコスト削減は、「徹底すること」による改善効果から生まれる。それが日本のモノ作りの強みであり、真の競争力だというのが結論だ。自信をもって語る製造部長の言葉に、久々に感銘を受けた。
 精神的なストレスで悩む私も、この「徹底すること」というのは、なかなか含蓄のあるメッセージに聞こえた。
 往復の電車の中で、最近購入した参考資料を1冊読み終えた。本も集中して読めば、一気に読破できる。ただし、最低限の体力が必要である。

9月11日(土)「まためまいが・・・の風さん」
 たっぷり睡眠をとったはずだが、目覚めと同時に、いつもの会社の心配事が頭をもたげ、思い悩んでいる間に、本当に「めまい」が起きて、昼近くまでベッドから出られなかった。これで、自分の「めまい」が会社の仕事の多忙が原因であり、しかも、恥ずかしいことに、解決のための苦悩ではなく、単におろおろと心配しているだけの、病的症状であることもはっきりした。
 このままでは、本当に病気になってしまう。
 階下へ降りてもまだフラフラしているので、先日、鈴木輝一郎さんから送ってもらった『時代小説が書きたい!』(河出書房新社)を読み始めた。同じ時代小説家として、内容はだいたい承知しているので、真剣に読む予定はしていなかったが、何かにすがりたい本能が、輝一郎さんの本を選択したのだ。
 夕方までに読み終えた。
 時代小説を書く上でのさまざまな事柄がスッキリと整理されていて、非常に納得できた。ここまで完璧にはできていないが、だいたい手順としては私も心がけている。問題は、昨日の出張ではないが、どこまで「徹底すること」ができるか、だ。心身が普通なら、私はある程度、できる。
 それを会社の仕事に置き換えて考えた場合、入社以来24年の経験があるのだ。たいていのことに関しては、手順というか手法といったものはわきまえている。それを「徹底すること」の重要さも認識している。問題は、その理想と現実のギャップの大きさなのである。
 小説執筆は、個人の能力に依存することが大きいが、会社の仕事は組織で行うため、組織の力に依存する。私ひとりがジタバタしてもどうしようもない部分がある。それでも、組織の責任者として悩んでしまう。
 気に入らぬ風もあろうに柳かな・・・なかなかこの境地になれない。徹底できない。それが人間だからだろう。
 (書斎に入ったら、この間はチビゴキが走っていたが、今夜は、チビムカデが机の下にいた)

9月12日(日)「体調が戻ったらもう週末はおしまい・・・の風さん」
 ようやく余震がおさまってきたので、昨夜、食器戸棚からテーブルの下に避難させていた食器類を半分だけしまった。ついでに、今日の午前、粗大ゴミの収集があるので、故障しているオーディオ機器類をワイフの車に詰め込んでおいた。頭はフラフラするが、何とかこれくらいの力仕事はできる。
 他に、自宅にある3台のパソコンのウィンドウズxpの更新をした。これがけっこう時間を食った。だいたい、1台につき1時間。でも、終了してからデフラグを実行すると、かなりきれいに片寄せされたから、今回の更新は意味があったのかもしれない。
 そして、今朝。
 やはり頭がフラフラして起きられなかった。そのうち咸臨丸子孫の会の事務局から電話が入って、やむなくベッドで応対したりした。
 いつまでもベッドにぶっ倒れているわけにいかないので、思い切って起き、朝食も摂らずに粗大ゴミの運搬に行った。場所は近くの区民会館で、もうそろそろ終わりかけていた。
 それからワイフと朝食というかブランチを食べに行った。まだモーニングに間に合った。当地のモーニングコーヒーというのは、全国的にも珍しい。モーニングの時間帯は、コーヒー代だけで、いろいろとついてくる。トーストやらゆで卵やらサラダやらくだもの類などである。今朝行ったところでは、トーストとゆで卵がついていて360円だった。モーニングが終了するギリギリの時刻で、店内は混んでいた。
 それから買い物に行き、昼過ぎに帰宅したのだが、どっと疲れが出て、そのままソファにダウンした。
 夕方目が覚め、体を起こしてみると、何日ぶりかで爽快な気分を感じた。「よし」と思い、生卵を1個飲み込んでから、生のグレープフルーツ・ジュースを飲んだ。
 書斎に入って椅子にこしかけても、まだ気分が良い。
 昨夜のウィンドウズの更新で、執筆マシンのCドライブは空きスペースが16%になってしまった。それで、Cドライブに入っているプリンターとスキャナーのユーティリティ・ソフトをアンインストールし、すべてDドライブに再インストールした。さらに、最初からバンドルされていたノートン・アンチ・ウィルス2002を2004にアップグレードした。ウィンドウズの更新とアンチ・ウィルス・ソフトのアップグレードで、執筆マシンのセキュリティはまた強化された。今後の強化計画としては、ネットサーフィンは無線LANのエアーステーションを介しているので心配は少ないので、ISDNを利用しているメールやホームページの環境を改善することである。
 夕食後は、10月の講演の準備の一環で、色々な参考資料を事務局へ送るための準備をした。
 ・・・と、せっかく体調が戻ったのであるが、あっという間に週末は終わってしまった。明日が土曜日だったらなあ。

9月14日(火)「セキュリティをアップしたらオーナーまで拒否の巻」
 昨夜、執筆マシンを立ち上げ、OUTLOOK EXPRESSを開こうとしたら、突然パスワードを聞いてきた。
 もういつのことかすっかり忘れてしまったが、ワイフとパソコンを共有していた頃、二人でOUTLOOK EXPRESSを使用していて、互いにパスワードでガードしていた。それが、パソコンを占有するようになり、ふと気が付いたら、パスワードなど全く不要な環境になっていたのだ。
 恐らく、ウィンドウズの更新をしてセキュリティが強化されたせいだろうが、OUTLOOK EXPRESSが急にパスワードを思い出したのか、入力要求をしてきたのである。しかも、アカウントを示す枠内には、しっかりワイフの名も。ワイフのパスワードは永久不変なので(ケータイのロックナンバーは全く解読不能だったが)、入力してみるとすぐに通った。ところが、自分のがさっぱりダメなのである。昔のメモに書いてるパスワードを始め、これまで使ったのことのある、どんなパスワードを入力しても通らない。
 とうとう業を煮やした私は、新たなアカウントを設定する覚悟を決めた。
 そして、エクスプローラーを利用して、OUTLOOK EXPRESSのデータがあるフォルダーを見つけ、そこから一気に送受信メールをごっそりインポートしたのである。そのフォルダーの中のデータはダイレクトに開こうとすると、やはりパスワードを聞いてくるので、いったんマイドキュメントにコピーさせておいて、そこからインポートした。同様にアドレス帳も見つけてインポートした。
 そこまでを昨夜のうちにやっておき、今日、残りの作業ということで、メールアカウントの再設定し、インターネットを通じて送受信できるようにした。さらに、インポートしたアドレス帳はフォルダーでの層別管理ができていなかったので、新たにフォルダーを作成し、元のアドレス帳からフォルダーごとにコピーして分類した。
 てなことをやっているだけで、貴重なウィークデーの夜は二日連続してとっぷりと暮れて行った(涙)。

9月16日(木)「うれしいことがあれば、怖いこともある・・・の風さん」
 だんだん体調が戻ってきたので、昨日は、神奈川県相模原まで出張した。東京まであと一歩である(笑)。
 往復の新幹線では、資料読みに専念した。
 しかし、帰宅が10時半になってしまったので、早々と就寝した。
 今日は、朝から本社へ出かけ、夕方本拠地の製作所へ戻ったが、また打ち合わせが長引いた。それでも、本社の食堂である物をゲットできたので、るんるんらんらん、帰宅した。ポスターである。売店で同僚とドリンクを買って支払いをするとき、ふとレジの背後に大きな映画のポスターを発見した。「LOVERS」つまりZhang Ziyiのポスターだ。同僚の脇をつついて、「おいおい。最近、この子に、はまっちゃったんだ〜」。「誰? 知らないな・・・」「遅れてるな、お前、Zhang Ziyiだぞ」同僚は怪訝そうな顔をしていたが、レジの女性が、「へえ〜。好きなの? じゃ、上げようか?」というわけで、壁にテープで留めてあったのを剥がしてくれたのだ。
 「この間は、ヨン様のポスターを欲しいって言うから、上げたよ」
 「そりゃ、そうでしょ」
 「人の好みは人それぞれだから」
 「ね、ね、それ、失礼な言い方ですよ」(ガタガタ言わずに早くよこせ)
 帰宅してワイフに自慢してから、ゆったりと食事を始めようとしたら・・・
 「ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴキ・・・が、出たあ〜!」
 「ま、ま、ま、ま、ま、待ってえ〜!」
 ワイフが取り出したゴキ・ジェット2個を夫婦で構えて、冷蔵庫の横にへばりついた大型ゴキに狙いを定めた。
 シュワッとやったら、ゴキは落下と同時に冷蔵庫の下へ逃げ込んだ。すかさず、隙間にノズルを突っ込んで、シュワーッと噴霧しまくった。当然、ゴキは見えなくなったが、
 「仕留めたな、恐らく」
 「あー、怖かった」
 よく見たら、ワイフの持っている殺虫剤はハエや蚊を退治するフマキラーだった。

9月18日(土)「掲示板がないから言えること・・・の風さん」
 とうとうプロ野球がストに突入した。
 プロ野球ファンはもとより一般大衆も、おおかた弱い者の味方で、選手会を支援している。当然の心理であろう。一方、経営者の視点で見た場合どうか。はたして、球団削減は経営の問題と言えるだろうか。
 確かに、球団削減すなわちリストラは、経営改革の一つの手段ではある。だが、プロ野球機構が経営状態を改善するのに、リストラがベストと言えるかどうかが問題だ。答えは「ノー」である。巨額の不良債権を抱えた銀行は、公的資金投入も合わせて経営改善に取り組んでいる。公的でなくても、投資して再建できると見れば、資金投入してくる会社は存在するし、それを受け入れて、会社経営を刷新していくのが経営者の務めだろう。
 自分たち以外に球団経営はできない、という異常な前提条件の元で考えているとしか思えない。あるいは、新規参入してくる企業がたちまち人気を博して、たとえばセリーグよりパリーグの方に、客もスポンサーも走ってしまうのを恐れているのだろうか。
 欧米の企業は株主を大切にする。次に経営者だろう。日本の企業は先ず顧客を大切にし、次に従業員を大切にする。それが日本の経営の特長だと思う。できない会社は、品質問題などでときどきひどい目に遭う。
 プロ野球の場合に応用して考えれば、答えは簡単だ。第一に大切にすべきはファンであり、次に選手である。選手を大事にしなければ、大リーグへの流出が止めどもなく増加する。同時にファンの目も大リーグへ向いてしまう。日本のプロ野球の終焉である。
 今日明日と、選手たちは自主的にファンへのお詫びと感謝の行動をとっている。記者会見で口先だけで詫びている経営陣との違いがそこにある。

9月19日(日)まだまだ泥沼から抜け出せないの巻」
 昨日は予想外の休日出勤になってしまい、それでも何とか午後2時過ぎには帰宅できたのだが、遅い昼食を摂った後ぶっ倒れて、午後7時まで昼寝してしまった。それでも、疲労や「めまい」は完全には抜けず、その後もフラフラしていた。
 今日こそは、と起きたものの、やはりイマイチ頭がスッキリせず、それなら、せめて身辺整理でもするか、と今日は、パソコンの中やバックアップ(MO)の類を整理し、執筆環境を整えることにした。
 データ類はかなり整理できた。また、アシュレイがUSBを検出できなくなっていたのだが、それも解決した。偶然の産物もあった。執筆マシンの OUTOLOOK EXPRESS のパスワードが分からなかったのだが、今日、再度トライした中にヒットしたのがあった。以前のパスワードが大文字になっていたのである。すぐに、パスワードを解除しておいた。しかし、1週間前の慌てようは何だったんだろう。
 夕食後、ちょっと会社の仕事を、と思ったのがまた運の尽きで、あっという間に就寝時刻が迫ってきた。最近は、最低7時間寝ないと、朝が非常につらいのだ。

9月22日(水)「これでもいくらか元気は出てきているか・・・の風さん」
 毎日早寝を心がけている。しかし、今日は、ちょっとハードなスケジュールで、1日もつか不安だった。
 例によって、目覚めてもすぐには起きられない。しばらくベッドでじっとしていてから、恐る恐る体を起こすのだ。
 精神的に参っていることは、さまざまな自覚症状と客観的に自己を分析することで認識できた。その一つは、以前にも書いたように、単なる心配で頭が一杯になっていること。もう一つ紹介すると、無意識の歌である。独り言に近い。朝起きてだいぶ時間が経過してから、ふと気付いたのである、自分が心の中でビートルズの歌を歌っていることを。曲は、ビートルズのデビュー曲「Love Me Do」だった。そうやって、自分で自分を癒やしていたわけだ。
 やや早起きした今日は、まっすぐ本社にミッシェルで向かい、いくつかの重要な会議をこなした後、電車で、名古屋経由神奈川県川崎市まで出張した。昼食はのぞみの車中で弁当。目的地に着くまで、持参した参考図書を読もうとしたが、途中で眠くなった。
 間関東地方は夏のような暑さだった。
 帰りは、指定がすぐにとれず、名古屋に着いたのが9時22分で、ミッシェルに乗り換えて帰宅したのは10時半である。帰りのひかりで弁当を食べ、参考図書を少し読んだのは、行きと全く一緒。
 どうにか1日をこなせたが、帰宅してから執筆するだけの元気は残っていなかった。

9月23日(木)「ゴクつぶしかゴキつぶしか・・・の風さん」
 今週もプロ野球のストがあるかどうか、昨日の出張中も気になっていた。大リーグのイチローの活躍も気になっていた。しかし、どうやら来季のパ・リーグは、少なくとも6球団に戻りそうだし、二日間で9安打したイチローの大リーグ記録達成も濃厚になったので、あとは自分の「めまい」が治るだけだな、と思う・・・違うか(笑)。
 帰宅したら、「今夜もゴキが出たよ」という、うれしくない出迎えの言葉。しかし、チーズ・カマ・ペコが発見して、ほとんど半殺しにしていたらしい。トドメはワイフのゴキジェットだが、チーズ・カマ・ペコも満更ゴキつぶし・・・じゃなかったゴクツブシでないことを証明できたようだ。
 あ、ゴキといえば、博識の若桜木虔さんから、「中性洗剤でもかければ窒息死させることができますよ」とのメールを頂戴していた。いつ出るか分からないゴキなので、その準備はできていなかった。今度、試してみたい。

9月25日(土)「どこまでも執筆は妨害される・・・の風さん」
 昨日は珍しく午後の予定が空白だったので、半日有休にして資料読みでもしようかとたくらんでいたが、例によって仕事のトラブル発生・・・でボツ。民間企業の仕事とは、基本的に突発のトラブル対応に終始している。
 やっと週末になったわけだが、予定通りとは言え、今日も町内会の仕事に終始した。
 7時半に集会所に出かけ、町内の草刈りである。これは真剣に実行して町へ申請すると、本来町がやるべき草刈りも代行してくれたと認定されて、自治会に対してけっこうな補助金が出る。何のことはない、税金バックなのだが、自治会活動の強力な活動費になるので、役員らは頑張ることになる。
 昨日の天気予報では降水確率が50%だったが、こういう時に限って晴天になるものだ。草刈りの合間にも、町内会の役員としての仕事をこなし、これらが終わったのが12時半である。腕やら首やらもちろん顔も真っ黒になり、当然力仕事をしていたので、ジーンズも汗でぐっしょり。いったん帰宅してシャワーを浴びて着替え、軽く昼食を摂ってから、2時にまた集会所へ出かけた。
 今度は、愛知万博の記念事業の一環で、町内の大通り沿いの歩道にプランターを並べるのである。各役員が自宅で預かっていた苗はおおかた伸びきっていたが、あらためてプランターに腐葉土を入れ、寄せ植えした。これらをトラックの荷台に載せて配り終えたのが4時半である。
 「疲れたから休憩しよう」という会長の一声に、「じゃ、これで解散します」と冷たく背を向けた。うっかりすると、このまま飲み会になり、いつ帰宅できるか分からなくなるからである。
 (しめしめ、うまく行った)と笑顔で帰宅したら、ワイフが「お疲れ様。ビールの用意が出来ているわよ」。

9月26日(日)「『怒濤逆巻くも』の感想文を発見の巻」
 ヤフーの検索で「鳴海風」と入力してもたいした数字が出なくなって久しい。
 それでも、懲りずに、たまにチェックしてみる。
 ヒットするページが少なくなったことによるメリットもある。つい先日も、『怒濤逆巻くも』のことを丁寧に書評してくださっている掲示板を発見した。なげぶみぼーどの過去ログ38で、[5729]に管理人のあさみさんという方が書かれていた。どうやら幕末や新撰組に興味のある方のようで、しっかり読み込んでくれていてうれしかった。昨年10月1日の書き込みでなければすぐにお礼のメールを送るところだが、今さら・・・という気がする。残念。

9月27日(月)「金魚の昇天に無常の人生を観る・・・の風さん」
 雨が窓ガラスを叩く音がする。久しぶりに「めまい」を感じない朝を迎えた。
 しかし、出社したら例によってはまってしまい、朝から夜の8時過ぎまでずっと会議室で暮らしてしまった。トラブル続きなのである。これだけ見事にトラブルが続くと、トラブルに対して鈍感になってくるから恐ろしい。
 小説を書くことに比べたら、会社の仕事なんてちょろい、と普段思っている。なぜなら、会社には上司から部下から同僚から関連部署に至るまで多くの助けが控えているし、お金も設備も情報もわんさと揃っているのだ。それに比べたら、小説は・・・(愚痴はやめよう)。
 1日怒りを抑えながら過ごして、ようやく退社した。ミッシェルのハンドルを握ってしばしの開放感。今日のミッシェルはいい走りをする。
 帰宅したら、栗ご飯が出た。秋だなあ。
 ふと振り返ると、金魚鉢が空っぽになっていた。
 夜店で買った3匹の最後の1匹が今日死んだのだという。
 か弱い生き物の短い一生を見ていると、あくせくしている人間の愚かさを感じる。ちょっと寿命の長い人間だって、長くて90年か100年。あっという間の人生だ。

9月28日(火)「あっちが元気になればこっちがボケる・・・の風さん」
 今日は会社の大きな会議で、時間切れのために、あやうくトップの承認が得られなくなるところだった。冷や汗が出たぜ。あと、来週もひとつ大きな会議がある。
 今朝も昨日に続き、「めまい」を伴わない目覚めだった。・・・が、玄関付近で何か大きな声がしていて、後で聞いたら、玄関ドアの前(家の中)に猫のおおしょんべんで洪水になっていたという。朝食の食卓についたら、テーブルの下にシルバーが身を潜めていて、どうやら犯人だと白状しているらしい。家族の下着をくわえてワンワン鳴くのは精神的なストレスのせいかと思っていたが、こりゃ老猫性痴呆症かもしれない。飼い主同様に飼い猫も老いているのだ。おお〜、我が身を見る思い。
 とはいえ、「めまい」が出ないことと関係があるのか、ミッシェルの走りもいい。坂道での加速時もトルクが出る。

9月29日(水)「前泊で出張し、ホテルで仕事する悲しい風さんの巻」
 台風21号の襲来にもかかわらず、無謀にも、前泊で出張に出発した。
 本社までミッシェルで出かけ(途中でミッシェルの走行距離計が80000kmを超えた。これで前のオーナーが5年かかった走行距離を2年で超えたことになる)、そこから電車を乗り継いで明日の出張地に到着するのである。なにしろ同僚が計画した明日の旅程が早朝出発のため、「めまい」で悩む私としては、どうしてもシンクロする気になれなかったのだ。
 しかし、目的地に着いた時間がちょうど台風の上陸時間帯と重なっていたため、ものすごい風雨だった。駅からタクシーに乗ればよいものを、何を血迷ったか、徒歩で向かったため、折りたたみ傘の骨は折れるし、スーツはびしょ濡れになってしまった。
 チェックインしてから部屋に入るや、濡れたスーツはもとより、靴からシャツ、下着にいたるまで脱ぎ捨て(もちろん浴衣に着替え)、さっそく乾燥大作戦を展開した。1000Wのドライヤーで暖めつつ、ズボンはズボンプレッサーにはさみこんだ。何しろびしょ濡れのズボンは、折り目がなくなって丸い筒のようになっていたのだから。
 しかし、もっと悲しかったのは、うっかり会社のパソコンを持参してしまったために、深夜12時まで資料作成をしてしまったことである。

9月30日(木)「台風の収支決算は?・・・の風さん」
 昨夜の雨はきれいに上がっていたが、台風一過の忘れ形見のように風は強かった。
 骨が折れた傘は、修理不能と判断し、ホテルの部屋のゴミ箱に捨てた。
 読もうと思って持ってきた文庫本を、昨夜は上着のポケットに入れていたため濡れてしまい、今朝チェックしてみると、染みにはなっているし、まだ水を含んでふくらんでいた(これも悲しい)。
 ズボンプレッサーにはさんだズボンは、元の形に戻っていた(やれやれ)。上着やシャツはほぼ乾いていたが、靴はドライヤーでかなり温めた割にまだ湿っていて、再びドライヤーの温風を当てた。
 もう手遅れなのだが、今朝はタクシーで昨夜到着した駅まで行き、今朝出発してきた同僚ら3人と合流して、目的地へ向かった。現地到着は9時前だった。そこを11時前に出発して帰路についた(なんと慌しい)。
 新幹線の中で昼食をとって、本社からミッシェルで製作所へ戻って会議に出席し、再び本社へとんぼ返りした。
 帰宅したのは8時過ぎだったが、朝からの頭痛がいっこうに治らず、書斎に行くのはやめた。
 ネットで注文してあった本が届いていたり、辻真先先生からも新刊(『奥飛騨、殺人慕情』実業之日本社 857円税別)が届いていたりで、ワイフと本の話をしているうちに寝る時間になってしまった。

04年10月はここ

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